校長室の窓から

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校長室の窓からの一覧です。

17.10.20

「校長室の窓」文庫(2)

 

「秋のけはい入り立つままに」とは紫式部日記の冒頭ですが、いつの間にか夏が過ぎ、今は、ひと雨ごとに山々が色づきはじめ、もう雪の便りさえ聞くような季節となりました。

月の満ち欠けや虫の声に「あはれ」を感ずる間もなく、時が移ろい、過ごしてしまったように思われるのは、雨が多かったせいでしょうか。でも、その分だけすこし読書が進みました。

今回は6冊、また図書室のコーナーに並べておきます。

 

6.父の遺産(フィリップ・ロス/集英社文庫)

脳腫瘍に冒された老父の介護、そして看取り。現代米文学の巨匠は50代で描いた限りなく自伝に近い物語で老いと死、高齢化社会の直面する問題にいち早く斬り込んだ。全米批評家協会賞受賞の衝撃作。(集英社HPの内容紹介から)

 

7.母の遺産――新聞小説(中央公論新社/水村美苗)

家の中は綿埃だらけで、洗濯物も溜まりに溜まり、生え際に出てきた白髪をヘナで染める時間もなく、もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない。若い女と同棲している夫がいて、その夫のことを考えねばならぬのに、母は死なない。ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?(本の帯から)

 

8.半落ち(横山秀夫/講談社文庫)

「妻を殺しました」。現職警察官・梶聡一郎が、アルツハイマーを患う妻を殺害し自首してきた。動機も経過も素直に明かす梶だが、殺害から自首までの二日間の行動だけは頑として語ろうとしない。梶が完全に”落ち”ないのはなぜなのか、その胸に秘めている思いとは――。日本中が震えた、ベストセラー作家の代表作。(講談社文庫HPの内容紹介から)

 

9.赤い指(東野圭吾/講談社文庫)

家族」の物語。犯罪を越えた本当の闇。この家に隠されている真実は彼らの手で解かれなければならない。ひとつの事件から見える家族の肖像。二日間の悪夢と孤独な愛情の物語。加賀恭一郎シリーズ(講談社文庫HPの内容紹介から)

 

10.黄落(佐江衆一/新潮社)

父92歳、母87歳。老親を身近に引きとって12年、凄絶な介護と試練の日々が始まった……。高齢の親を介護する夫婦の苦悩を描く長編小説。(本の帯から)

 

11.あぶないナース(岸香里/いそっぷ社)

「看護にいかす物理学」なんて、実際には使えない公式が盛りだくさんの(役立たずな学問)。「なぜ? どうして⁉ 目的は?」指導ナースのきびしいもの言いにひたすら平身低頭の〔あやまる看護学生〕。看護学生にとっていちばん辛い地獄の看護実習に追い打ちをかける〔マンガもデビュー〕など。特別付録に「岸香里の少女マンガ劇場」も付いています。(いそっぷ社HPの内容説明から)

長谷川 成樹   

 

17.07.07

「校長室の窓」文庫

校長に着任して3か月が経ち、早いもので夏休みが近づいてきました。この間、医療福祉関係の小説を10冊ばかり読み漁りました。その中から学生の皆さんにも勧める本を今回は5冊紹介します。それぞれ出版社のホームページにある本の紹介を付しておきます。

 

1.恍惚の人(有吉佐和子/新潮文庫)

老いて永生きすることは幸福か? 日本の老人福祉政策はこれでよいのか? 誰もが迎える〈老い〉を直視し、様々な問題を投げかける。

 

2.廃用身(久坂部羊/幻冬舎文庫)

廃用身とは麻痺して動かず回復しない手足をいう。患者の同意の下、廃用身を次々と切断する医師漆原。告発するマスコミ。はたして漆原は悪魔か?『破裂』の久坂部羊の衝撃的な小説デビュー作。

 

3.万寿子さんの庭(黒野伸一/小学館文庫)

「あなたがお隣に引っ越してきてから、わたしの人生はまた乙女時代に戻ったかのような活況を取り戻しました」 竹本京子、20歳。右目の斜視にコンプレックスを抱く彼女が、就職を機に引っ越した先で、変わり者のおばあさん、杉田万寿子(ますこ)に出逢った。 万寿子からさまざまないやがらせを受け、怒り心頭の京子。しかし、このおかしなやりとりを通じて、意外にも2人の間に、友情ともいうべき感情が流れ始めるのだった。 半世紀の年齢差を超えた友情が、互いの人生に影響を与えていく様を温かな筆致で描く感涙の物語。

 

4.還れぬ家(佐伯一麦/新潮文庫)

十代で捨てた家だった。姉も兄も寄りつかない家だった。老父は心臓病を患い、認知症が進む。老母は介護に疲弊していた。作家は妻とともに親を支えることになった。総合病院への入院も介護施設への入所も拒む父、世間体と因襲に縛られる母。父の死後、押し寄せた未曾有の震災。――作家は紡ぐ、ただ誠実に命の輪郭を紡ぎ出す。佐伯文学の結実を示す感動の傑作長編。毎日芸術賞受賞。

 

5.認知の母にキッスされ(ねじめ正一/中央公論新社)

認知症の母親を毎日、介護する息子。生きることのおかしみやユーモアが全編に溢れる、今までにはない新しい「介護小説」。

 

どれも本のリサイクルショップ(ネットでも)で安く入手できますが、今回ここで紹介する本は、図書室に「校長室の窓」文庫を設けて並べておきます。洒落じゃないけど私の「私蔵」が「死蔵」にならないように。

 

学校長 長谷川成樹

 

17.06.15

そして

昨日と今日、行田公園の花菖蒲に誘われて、出勤前のウォーキングは「ふたつの公園をめぐる散歩道」です。学校の隣の「スポーツ・健康の森公園」脇のスタート「よろこびの門」を通ると、センサーがはたらいて「時計台の鐘」のゆったりとしたメロディーが流れます。作詞・作曲は高階哲夫。

滑川市立博物館のホームページ郷土の先賢」には次のように紹介されています。

たかしなてつお 音楽家 明治29(1896)35日~昭和20(1945)417

滑川町(現滑川市)山王町に開達小学校(現田中小学校)校長・瀬木辰巳の三男として生まれました。教員一家の養子になり、富山県師範学校(現富山大学)を経て周囲の期待通り教職の道に就くも辞職。東京音楽学校(現東京芸術大学)へ入学してヴァイオリンを専攻します。卒業後は演奏活動を通して、ヴァイオリニストとしての名声を高め、その後は指揮者としての地位も確立していきました。代表曲として「時計台の鐘」(作詞・作曲)ほか。

きれいに整備されたのぞみ沿いの散歩道をコースに従って行き、旧8号線の消防署前のほうから行田公園に入ると間もなく思いがけずせせらぎの音。しばらく行くと森の中に忽然と花菖蒲の園が。

滑川市観光協会のホームページは次のように紹介しています。

行田公園(ぎょうでんこうえん)は 四季折々に咲く花が美しい 6.6万平方メートルの自然公園です。

特に花菖蒲の見ごろは、6月中旬~下旬頃で、きれいなアヤメやショウブ88種類、4万株が咲き誇ります。

かつて京都祗園社の荘園の一部であったことから、祗園田とよばれ、やがて「ぎょうでん」と呼ばれるようになりました。

「とやまの名水」にも選ばれた「行田の沢清水」が園内いたるところで湧き出ており、ホタルの名所として自然豊かな森を形成しています。

青紫や赤紫、白のすらりとした姿は、凛とした女性を思わせす。 その花言葉は「うれしい知らせ」だとか。するとそこに蝶が舞い降りて、瞬間なにかを知らせているかのように思えたことでしたが、すぐにまた空中に舞っていきました。しかし蝶の来訪は意外でちょっとうれしいことでした。

今日は昨日と逆回りで歩き、ゴールがよろこびの門となり、この門を抜けて一日の仕事がが始まりました。

明日からもまた「日々是好日」毎日が生きるよろこびでありたいものです。

学校長 長谷川成樹

17.06.07

ということで

今朝、空は曇りで気温も高くなく、歩くのにちょうどいい感じだったので、出勤前に隣のスポーツ・健康の森公園でミニ散歩をしました。

 

途中の「うんどう遊園」ですこし遊び、公園の外に出て「のぞみ川沿い緑道公園」入口のモニュメント「よろこびの門」の写真を撮ったりして、30分足らずの時間でしたが、日常生活の中でちょっとした気分転換ができました。

 

継続は力なり。毎日続けること、習慣化することが大事だということはもちろん分かってはいるのですが(ほんとうに?)、今日は暑い、風が強い、時間がないなどと言い訳をして久しぶりになりました。

 

コースは陸上競技と同じで左回りにコース設定されているのですが、気紛れに右回りしたところ、やはりウォーキングの職員のIさんとすれ違いました。「おはようございます」と挨拶を交わし、「始められたのですか」の問いに「ぼちぼちねー」と。そう、何事も無理せずぼちぼちです。

学校長 長谷川成樹

17.06.06

隣の

 

スポーツ・健康の森公園について、昨年の本校創立20周年に滑川市の上田昌孝市長からいただいた祝辞(「富山医療福祉専門学校創立20周年記念誌」2016年6月)に次のようにあります。

 

学校周辺には、総合体育センターや武道館、全天候型400mトラックを備えた陸上競技場も整備されており、心豊かな人間性と健康な体を兼ね備えた質の高い医療従事者の養成に必要な条件が揃っております。
貴校で学ばれる生徒の皆様におかれましては、この素晴らしい環境のもと学業や課外活動に専念され、友や師と語り、そして信頼を培い、医療・福祉の現場で活躍したいという皆様の夢に向かって邁進してほしいと思います。

 

公園内にはそのほか、健康増進施設「うんどう遊園」「長寿いきいき広場」やランニングコース、遊歩道やビオトープも整備されており、健康増進と医療福祉に向かう学生の環境としては申し分ありません。

市民の皆さんと共に、日々積極的に活用させていただきたいものです。

学校長 長谷川成樹

17.06.05

校歌の「剱ヶ嶺」は

剱岳です。写真は5月、富山医療福祉専門学校の隣のスポーツ・健康の森公園からです。

剱岳の名称について「剱岳地名大辞典」(佐伯邦夫「立山カルデラ砂防博物館研究紀要 第13号」2015年8月所収)に次のようにあります。

山名の謂われは、鋭く天を突く山容からと思われる。剱という名称が記された最初の文書は、1585年(天正13)年、豊臣秀吉が越中佐々成政攻略にあたり近畿の寺社大名に送った書とされる。これには「先勢東は立山つるぎの山麓まで悉く放火せしめ候‥‥」とある。以来「剣」の意味を基本に、劔ヶ嶽、劔峰、劔山等々多様な呼ばれ方をしてきた。用字においてはさらに複雑で当用漢字の「剣」をはじめ剱、劔、劍、釼など、偏と旁の組み合わせで十指を超える表記がなされてきた。地元上市町では2003年町議会でこの問題を取り上げ「剱」に統一すべく国土地理院へ申請、2004年発行の2.5万分の1図から剱岳をはじめ関連する前剱、剱沢、剱大滝などすべてが「剱」に修正された。

なるほど、深イイ、ガッテン。

剱岳の「凛々しき姿仰ぎみて われらが胸に萌えいづる 強き志」と校歌にあります。まさに剱岳の「鋭く天を突く」ような強い志を持って生きたいものです。

『論語』に「これを仰げばいよいよ高く、これを鑽ればいよいよ堅し」とあります。いつまでも、目指す山と人は高くありたいものです。

 

学校長 長谷川成樹 

 

17.06.02

校歌について

平成22年の北日本新聞朝刊の連載をまとめた『わが半生の記 越中人の系譜 第13巻』(2010年12月 北日本新聞社)に作詞者の言葉が次のようにあります。

 

 平成8年、滑川市柳原に開校した富山医療福祉専門学校(理学療法学科、作業療法学科、介護福祉学科、看護学科)の校歌は、私が作詞し、東京芸術大学作曲科教授だった故松村禎三さんが作曲しました。

 1題目に剱岳、2題目は富山平野、3題目には蛍烏賊を歌詞に織り込みました。立派に羽ばたく学生たちが剱岳や富山平野、ホタルイカを忘れず、学校で学んだことを誇りにして頑張ってほしいという願いを込めました。

 

校歌には創設者の学校への思いがあふれています。校歌を歌うとき、私たちは歌詞を歌い継ぐと同時に山田禎一という一人の人の熱い思いを受け継いでいるのです。

なお、幅250cmの額の書は滑川市の書家・山岡壽海。

 

学校長 長谷川成樹 

17.06.01

校章について


デザインは、本校に先立って開校した系列の東京南看護専門学校と共通し、山の大きさと、その安定した形をモチーフに、光の輝きのイメージを重ね合わせています。うしろのリングは、光の輪をあらわしています。
本校においては、山はキャンパスから真正面に見る剱岳であり、光の輪は山のうしろから昇る朝日で、校歌冒頭の「紺碧の空 ひろがりて 朝日に映ゆる 白雪の 劔ヶ嶺ぞ 聳えたり」にあてはまります。また、光は2番の「北斗の星の 輝き」であり、3番の「青き蛍火」「神秘の光」でもあります。
そして、三方に輝く光と輪は、全体で本校の教育理念「知識力、人間性、対応力で有用の人に」を意味しています。すなわち知識力、人間性、対応力の三つで医療福祉の分野に輝く人ということです。

校章にはこんなメッセージがあるのでした。

 

学校長 長谷川成樹 

校長室の窓から

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空にむかって窓から風船を放つように発信していきます。

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